正直になってレスリー・キーに聞いてみる。

レスリー・キーさんの写真にじかに目の当たりにしたのはバーニーズニューヨーク横浜店で開催されていた写真展「SUPER BARNEYS PHOTO EXHIBITION」を訪れた時のことです。そこで僕は、彼の写真に写った人々から生き方への姿勢という抽象的な呼び方でしか表しようのない、人の体が発する彩り。そして、「人生を切り開いていくことは決して恐れることではない」のだと語りかけたままに焼きつけられた一瞬の、けれども色褪せることのない喜びの広がりを直感しました。シンガポールのスラム地区に産まれ、東南アジア、日本、ニューヨークと特徴の異なる大都市でSUPERなファッション写真を撮りつづけてきた彼に率直な気持ちを伺います。
取材・テキスト:代々木

今、シンガポール生まれのSUPERなファッション写真家が日本に感じていること


 

―――レスリーさんが生まれたシンガポール、日本を含めた東南アジア、そしてニューヨークでファッション写真を撮影してきた写真家として、今の日本のファッションについてどんなことを感じていますか?

Leslie Kee(レスリー・キー)/以下レスリー:私が1980年代に日本人が作ったと思うのはファッション誌とファッションの衣装とファッションショー。偶然ですけど私は先日、山本耀司とやっと会えました。よかったのはまだ彼が元気で生きてること。現役でやってるから私みたいな若手が一緒にコラボレーションできるし、できたこと自体が本当に幸せ。そのころと比べて今、日本が大変なのは絶対に魂。それはファッション雑誌を作るにしても、洋服を作るとしても、きっとそういうフォトグラフ(写真)にしても、魂が何か足りない。魂がないんじゃなくて、みんな魂がある。みんな魂は問題ない。でも、何かもう一つ二つがピシッとあったら、もっと良い物ができるかもしれないじゃないですか?

―――そうですね。

レスリー:どうして今、Alexander Wang(アレキサンダー・ワン)やJason Wu(ジェイソン・ウー)やPhillip Lim(フィリップ・リム)が活躍している中で、日本人はもっとできるはずなのに、そこに名前が出てこないのかすごく不思議。きっと、そのまま山本耀司と川久保玲と三宅一生のままで止まるわけじゃないでしょう。sacai(サカイ)*1さんはラッキー。Karl Templer(カール・テンプラー)*2をスタイリストにすることで彼女がもう一つ新しい服を作ることができたの。それに加えて源馬大輔*3が彼女のサポートをしているから。源馬くんは昔、マックイーン*4とかと同じサンマーチン*5に通っていたから、みんな近所の友達で知り合いなの。人ってすごく大切じゃないですか。それだけじゃなく、日本のファッションはこれからまだまだまだ発表する場所が必要。発表する、表現するきっかけがもっといっぱい生まれてほしい思う。

―――それは日本の中でやるべきですか? それとも世界に出ていってやるべきですか?

レスリー:両方とも同時進行。私がすごく好きな映画監督で河瀬直美さんという人がいます。彼女はまだ30代の時に新人賞をもらったし、数年前にカンヌ映画祭のグランプリをもらってるんです。例えばじゃないんだけど、彼女の場合おもしろいのは海外に行ってないんですよ。全部、東京で撮った映画。自分の範囲で撮ってるんですよ。ドメスティックなものは世界に見せたら「ワオ!」って驚かれる。日本の発信する物から世界はインスピレーションをもらうことができるから。だから、国内でもすごく良いものをつくれば世界で評価されるし、当然、チャンスがあったら世界へ行ってそこで表現することも大事。だから両方大切。

でも、日本人が海外に行ってすべて海外のシステムに合わせてもよくない。日本の美しいもの、日本人にしかできないものを、ちゃんと誇りを持って向こうで見せればいいの。だから日本人って羨ましいんですよ。なぜなら、私はシンガポール人でしょ? 悪いことじゃないですけど、シンガポールは日本ほど文化が高くない、低い。シンガポールは文化の歴史が浅い。着物もない。茶道もない。ドラマもない。わかる? 私はシンガポール人として表現にプライドを持って頑張りたいけど、私の国の歴史があまりにもファッションとか文化に繋がるものが少ないから、表現したいものができないんですよ。そのかわり日本人はハンパナイものを表現できる!

―――そう言われると本当にハンパナイです!

レスリー:本当に日本の文化はハンパナイものがいっぱいあるから、日本人は幸せなんですよ。それに気付いてました? 若い人に知ってもらいたい(笑)。

―――最近、ようやく気が付いてきました。すみません・・・・。

レスリー:そうです、気付いてください! あなたたち日本人は幸せすぎるって忘れないで下さい。ひょっとしたら、みんなが大変なのは平和に浸りきって生きてるからじゃないですか? もっと、みんな大胆に。失敗することを心配しないで堂々と海外に行って、壁にぶつかって、どんどん頑張ってほしい。

1. sacai(サカイ)*1・・・・1999年、阿部千登勢(あべ ちとせ)が設立。自身がブランドを立ち上げる以前はCOMME des GARÇONS(コム・デ・ギャルソン)でニットのパタンナーを務めていた。
2. Karl Templer(カール・テンプラー)*2・・・・sacaiのコレクションでスタイリングを担当している。
3. 源馬大輔 (げんまだいすけ)*3・・・・クリエイティブ・ディレクター。現在はsacai のクリエイティブ・ディレクションを担当。
4. Lee Alexander McQueen(リー・アレキサンダー・マックイーン)*4・・・・1969年生まれ。1992年に自身の名前を冠したブランドを立ち上げる。2010年に死去。
5. サンマーチン*5・・・・英国の名門ファッションスクール「セントラル・セント・マーチンズ・カレッジ・オブ・アート・アンド・デザイン」。上に記した源馬大輔とアレキサンダー・マックイーンの出身校。

 

ニコラ・フォルミケッティをお手本にして学ぶ


 

レスリー:だから、Nicola Formichetti(ニコラ・フォルミケッティ)*1は平和に浸ってないじゃないですか。彼は見た目もラッキー。彼のいる場所もラッキー。日本人の血も少し入ってるじゃないですか。だから、私もそうだけど、日本人から見たらお手本として学べる1人だと思います。日本語もぺらぺらだし。

―――ハーフですからね。

レスリー:彼みたいな日本人がもっともっといっぱい生まれてもおかしくない。彼は頭が良いから裏原宿だとか原宿のギャルだとか、ギャルのアイテムのうまいポイントをピックアップして世界一のレディ・ガガを含めてコラボレートしてきました。日本人のデザイナーを起用して、クリスチャン・ダダ*2とかね。こういうことをさせるのはすごいありがたい。私は日本人じゃないけど、こういうことをしてくれる時がすごく嬉しい。

―――以前、ニコラさんがイベントをやったときに、つまり彼は当時レディ・ガガのスタイリストだったから、すごい数の人が参加すると思ってたんですね。ところが実際にイベントの当日になっても、そこまで参加者は多くならなかったんですよ。

レスリー:どうしてでしょう。宣伝が足りないから?

―――それをニコラさんに直接に聞いたんです。「なぜこれほど有名な人が来てるのに、あまり観客が来ないんでしょうか?」と。

レスリー:実際に日本のファッションに興味を持ってる人は少ないのかな?

―――意外と少ない・・・。いや、どうなんでしょうか。その場所に来るほど意欲のある人が少ないのかもしれません。

レスリー:日本人は共感することは好き。最近、私はなんで自分がイベントにいっぱい出て、20人でも40人でも100人に対してでも同じく喋ることをするのか。それは、日本人のキャラクターの1つが人と共感することによって自分を探して進むことだから。全員じゃないけれども。ニコラは共感するところは少ない部分もあるからね。もしかしたら、距離感がありすぎて、みんなにとっては遠い存在かもしれない。私は近くにいるから、聞かれれば応える(笑)。だから共感されるじゃないですか? ある意味ね。けれど、私はニコラとすごい知り合いじゃないですけど、彼のことはすごく尊敬している。きっと彼がここまで来てる道が大変だと思うし、ここに来るまでの色々な物語がある。簡単にレディ・ガガのところへは行けないし、簡単にV Magazine*3で仕事はできないと思うから。才能によるところ、彼の運勢によるところ、プラス性格、そして努力。きっと、すべてあると思うから。

―――その通りだと思います。

レスリー:でも、昔じゃないですか。もう彼はレディ・ガガにはほとんど関わってないから、逆に今が一番おもしろいんじゃないですか? だから、自分のポップアイコン*4を作ってるし。でも、本当にいつか彼ともコラボレーションできたらいいと思う。あとは彼のやってることを日本人が応援してほしい。そうすることによって、彼が彼の仕事をやることによって、また日本人のやってることを世界に発信できたらいいと思いますね。

1. Nicola Formichetti(ニコラ・フォルミケッティ)*6・・・・国際的に活躍するファッションデザイナー・ファッションディレクター・エディター。2013年の半ばまではレディ・ガガのスタイリストを務めていた。
2. CHRISTIAN DADA(クリスチャンダダ)*7・・・・2010年、森川マサノリが設立したファッションブランド。
3. V Magazine*8・・・・1999年アメリカ、ニューヨーク創刊。音楽、アート、映画、建築とファッションに関する幅広い話題を扱い、高さ35.5センチ、幅26.6センチという迫力の紙面が特徴。
4. ポップアイコン*9・・・・彼自身をモチーフにしたパンダのキャラクター、ニコパンダのことだと思われる。

 

ファッションのまわりを囲む人のファッションとの関わり方


―――ありがとうございます。では、最後に1つだけお願いします。レスリーさんは写真を媒体にして僕は文章を書くことでファッションに関わっていますが、服作りに直接関わることはないじゃないですか。

レスリー:ないですね。一番近いのは実際に撮影で服を触ったりするぐらい。あとは洋服をどうやって(写真で)切りとる事を考えることでしかできないからね。

―――そのようなファッションのまわりを囲んでいる人達が、もしくは一般の人たちがファッションに対して働きかけられることって何だと思いますか?

レスリー:洋服を、ファッションを買うことだよね。ファッション業界やファッションっていう存在が消えないように一般の人にできることは、私たちファッションピープルがやってること、それが写真なのか、ショーなのか、スタイリングなのか、イベントなのか、発信なのか。関心していただければファッションは続いていくかなと思った。やっぱり応援がないと続けられないし、音楽と一緒でしょ? 音楽のアーティストって歌い続けても、下にステージを支えてくれる人がいないと歌うことはなかなか難しい。ファンが音楽を買ってくれることで、また歌い続けられるし、ファッションピープルも同じ。ファッション雑誌をやってるエディターも、ファッションフォトグラフをやってるのは私だし、ファッションスタイリングするのはスタイリスト、ヘアメイクするのはヘアスタイリスト。一般の人が応援してくれることで私たちのやってることに意味が生まれてくる。

だから皆さんは、ぜひ見てください。日本はアジアの中でもファッションの発想、そして、優れたファッションを作る1つの大切な国です。今は少し変わっているかもしれないですけど、これまでの時代って中国も韓国も香港も台湾も含めて東南アジアは日本を見てから行動していたから。世界の色んなみんなが日本の良いところだとか、おいしいところをゲットして作っているから、アイデアも質も含めて、やっぱり日本はファッションの発信の場所としてはすごいと思います。だから我々のまわりの皆さんがファッションピープルやファッションクリエイターのやっていることに興味を持ってくれたら、僕たちは役割をちゃんと続けられるんじゃないかと思っています。あなたみたいなブログを読んでいただければね。

―――本当にそう願っています! ありがとうございました!

プロフィール

Leslie kee(レスリー・キー)

1971年シンガポール生まれ。1994年来日。日本語を学びつつポートフォリオの作成を始める。1997年東京ビジュアルアーツ写真学校卒業。1998年独立。ファッションを中心に香港、台湾、日本とアジア各地で活動。2001年より5年間ニューヨークにベースを移し、活動の場を広げる。2006年東京に戻りファッション・フォトグラファーとアート写真家として活動。写真集『SUPER STARS』を発売。表参道ヒルズにて写真展開催。300人ものアジアのトップアーティストの協力を得て、津波の被害者に捧げられた。 http://www.lesliekeesuper.com